史跡探訪クラブ


 
     「第4回 小谷城跡、金ケ崎城跡、他」
                                                
                                                         
                                     美とアートを巡る科7期
                                           御勢 健二



 
Top Page 





     史跡探訪クラブ


 
        「第3回 堺 蘇鉄山、他」 

 
                               美とアートを巡る科7期
                                       御勢 健二

  6月21日(金)、14名で堺市の蘇鉄山、他に行きました。10時に南海本線湊駅に集合。
梅雨時なのでお天気が心配でしたが晴れて助かりました。


 

大半の方は湊駅は初めての下車。 戦前は
海水浴や水上飛行場で賑わいました。

駅前公園には与謝野晶子の歌碑が。
ここで深清鮓の穴子にぎりを試食し、とても
美味しかったですが、防腐剤が使われて
いないので、お土産用は断念しました。

旧堺紡績会社の跡地は団地になって
いますが、窓と外壁に一部が保存。

かつて堺は、穴子屋筋があるほど穴子漁が盛んでした。
深清鮓さんには多くの顧客が来ていました。

土居川を東進していると、丁度、阪堺電車の
低床式の電車に遭遇しました。

紀州街道沿いには 趣のある家屋も残されています。

船待神社は、菅原道真が大宰府への船を
待つ間に参拝されたと言われています。

菅公の「腰掛岩」に座って、本殿に拝むと
願い事が叶うそうです。

創業四百年の片桐棲龍堂は伝統漢方薬の
名家です。 丁度接客中のご主人が案内。

奥の方にある資料室も見学させて頂きました。

長谷川等伯の板絵もさりげなく、展示されています。

与謝野鉄幹の父の礼厳が京都で医館に掲げられていた掲額です。

本行寺には、応永に乱で足利義満に敗れた
大内義弘の供養塔があります。

昼時には混むので、早めに銀しゃり屋
「げこ亭」に移動しました。

名物の鰤の照焼き、卵焼き、銀しゃりを注文しましたが、
写真を撮るのを失念しかろうじて、残っているかな。

元のお店には、仕事を終えたご主人が
上半身裸のまま、リラックスされていました。

目前に、蘇鉄山が出てきましたが、「あれ
だけなの?」との声も。

標高6.96mは一等三角点のある日本一低い山です。ちなみに
天保山は4.53mで日本二番目に低い二等三角点があります。

海岸まで出ると、潮風が涼しいです。
旧堺灯台と巨大壁画が見えてきます。

対岸には、龍女神像と龍のモニュメントが見えます。

非通告で上陸したフランス兵を殺害した責で
13名が切腹した土佐藩士の慰霊碑です。
(堺事件)

早目に終わり、新今宮駅に移動して
串カツで懇親会をしました。
Top Page 




 
     
史跡探訪クラブ


 
      「第2回 すずらんの群生地:都祁、他」

 
                            美とアートを巡る科7期
                                    御勢 健二


 5月30日(木)、17名で榛原北の都祁吐山町のすずらんの群生地、他に
行きました。 鶴橋駅8:50発の近鉄大阪線急行で榛原駅に 9時49分に着きました。
北口10時11分発の奈良交通バスで向かいました。
先週までは記録的猛暑、前々日は雨天で天候が心配でしたが、参加者の日頃の行いが
良いのか快晴で涼しい絶好の日和となりました。
 

吐山(はやま)南口で下車して、歩き始める
前に、先ずはストレッチをして準備体操を
しました。

路辺には 綺麗な花が咲き乱れ、好天に
恵まれました。

15分位登ると、クヌギ、コナラなどの
広葉樹林の日陰にスズランの群生地が
あります。

スズランは本来、北海道や本州北部で自生
していますが、この地区は標高が高く、
南限とされ、天然記念物になっています。

満開とは言えませんが、可憐な花が咲いて
いました。 ラッキー!

田植えの終った田んぼにはオタマジャクシが
ウヨウヨ。 全部蛙になったら賑やかでしょうね。

下部(おりべ)神社です。

鳥居の傍らにもスズランが。 残念ながら
あまり咲いていません。

本殿は彩色が美しく、虎の絵もあります。

毎年11月には雨乞いや豊穣を祈願して
太鼓踊りが奉納されます。

三陵墓公園の東古墳は墳丘長さ110mも
ある前方後円墳です。 地方豪族の首長の
物と推定されています。

公園で昼食を摂った後、東古墳の前方部から
登りました。 一部には葺石も再現されています。

後円部には円筒埴輪も復元されています。

後円部まで登ると、盆地一帯がよく見渡せ
すぐ隣の西陵がよく見えます。

西陵は直径40mの円墳です。

頂上には 被葬状態が分かるようになっています。

都祁にはたくさんの墳墓があることが
よく分かりました。

来迎寺は 行基が開山したとも言われますが
平安末期に顕鏡が創建したようです。

奈良時代の官人の小治田安萬呂のお墓は
方墳です。

都祁水分神社は 大和国水分四社(都祁、
宇太、吉野、葛城)の一社で古くから
祀られてきました。

境内の裏手には 山辺の御井があります。

奈良交通バスで榛原駅に戻りました。
2時間毎と少ないですが助かりました。
  今回は 約10kmでしたが、登りは少なく、良い汗をかきました。
大阪に戻り、有志で恒例の懇親会を開きました。 お疲れさまでした。
Top Page 





    史跡探訪クラブ


 
        「第1回 大仏鉄道遺構巡り」

   
                           美とアートを巡る科7期
                                  御勢 健二

 4月2日(火)、19名で明治時代にあった大仏鉄道の遺跡を探訪しました。
大阪駅8:39発の環状線から大和路快速に乗り継いで 10:03に加茂駅に
着きました。
 大仏鉄道は明治31年に加茂駅→大仏駅まで開通しましたが、木津駅に迂回する
平坦なルートが開通すると、急坂の多い大仏鉄道は 9年後に廃止されました。


加茂駅周辺には、恭仁京址、海住山寺、他
歴史的な史跡が多いですが、又の機会に
探訪することにして出発。

駅北のレンガ作りのランプ小屋ですが中には
入れませんでした。

一旦、駅に戻って東側の駅前公園へ。
旧機関庫のイメージの公園で、桜も
咲き始めていました。

一角に 大仏鉄道の説明とSLの動輪が
あります。

線路沿いを進むと、C57SLが展示されて
います。 貴婦人と呼ばれた優美なSLで
かつては関西本線で活躍していました。

昔の田園には、よくレンゲや菜の花が
植えられていましたが、菜の花が少しだけ
ありました。

手前が大仏鉄道の鉄橋跡、奥側は現役の
関西本線の鉄橋です。 ここから大仏鉄道は
山越えへ、関西本線は山を迂回していきます。

鹿背山鉄橋の橋台で、石造りでしっかりして
います。

梶ケ谷隧道上の鉄道跡です。 まっすぐに
延びています。

隧道は線路を引く為に、従来の農業用水が
分断された為に設けられました。

赤橋はレンガ造りの橋台です。 生活道路と
して作られ、今も現役で使われています。

城山台公園で昼食を摂った後、南進し
道路から下った所に松谷川隧道があります。
色の違うレンガが交互に配置されています。

道路脇にバベルの塔のような建物が。
上水道の配水池ですが、大仏鉄道の絵も
入口に描かれています。

京都府から奈良県への県境を越えると
また元気が出てきました。

見つけにくいですが鹿川隧道で今も使用
されています、 すぐ横に大きな用水路も
整備されています。

旬の駅ならやまで お買い物タイム。
ここでは駅前では並ばないと買えない
大仏プリンも簡単に買えます。

元正天皇陵です。 宮内庁の管理地なので
よく整備されています。

道路を挟んだ東側には 元明天皇陵が
あります。

黒髪山トンネル跡です。

大仏鉄道のトンネルがありましたが、
車が1台しか通れないので切り開きに
したことがよく分かりました。

大仏駅跡には動輪が展示されています。
丁度、しだれ桜がほぼ満開で多くの人が
楽しんでいました。

佐保川を渡り、船橋通り商店街を南進
するとJR奈良駅まで続いています。
道幅が狭いので一方通行になっています。
  有志で奈良市内で恒例の懇親会を開きました。 お疲れさまでした。 
                                           Top Page
 






    史跡探訪クラブ

 
        「第8回 湯浅町・広川町」 

 
                          代表世話人 近世史科 6期
                                  御勢 健二 

 3月28日(木)、13名で青春18切符を利用して和歌山県の湯浅町、広川町
に行きました。 大阪駅9:08発の紀州路快速で 和歌山駅で乗換え、11:20に
湯浅駅に着きました。


湯浅駅駅舎は風格があります。 湯浅町は
平成29年に「最初の一滴」醤油醸造の
発祥の地として日本遺産に指定されました。

まずは旬の食べ物のシラス丼を食べようと
駅近くの「かどや」と「海ひこ」に分かれました。
まだお昼前なので入れました。

この時期には「生シラス丼」も食べられました。
透明な生シラスをご飯に乗せて戴きます。

腹ごしらえが終わったら、川を渡り、広川町へ。
ここも平成30年に広川の防災遺産で
日本遺産に指定されました。

稲むらの火の館です。 手前は濱口梧陵
記念館、奥は津波防災教育センターです。
2002年にヤマサ醤油の創業家の濱口家の
寄付で作られました。 津波の映画や資料も
充実していました。

広村堤防は、安政南海地震の津波の後
濱口梧陵の指導で築造され、昭和南海
地震の津波の際には役に立ちました。

モダンな広川町役場の前庭には、村人に
津波を知らせる稲むらの火の像があります。

広川を渡って湯浅町に戻ります。 河口の
両岸にはシラス漁の網がいくつも見られます。

南恵比寿神社の境内には ソメイヨシノが
チラホラ咲き始めていました。

北上した突き当りに大仙堀があります。
江戸時代、ここから醤油が船積みされました。

醤油醸造の角長の煙突や建物が見えてきます。

角長醤油資料館は無料ですが、なかなか充実しています。

「ビデオは10分だけ見て」と誘われましたが
途中でおばちゃんの解説がつきます。
醤油の歴史もよく分かりました。

醤油を発明したのは、中国から帰国した
法燈国師で ホットコーヒーと覚えたらいいよ
とのことでした。淡口、濃口、溜についても
納得しました。

角長醤油です。 天保12年の創業で
170年の老舗です。

湯浅はミカンの産地です。 デコポン4個で
100円は安いとどんどん売れていました。

幕末から昭和の終わり頃まで営業していた
甚風呂です。 今は卿土資料館となっています。

浴室はそのままです。映画のポスターも
懐かしいです。

花の節句なので立派な御殿雛も飾られて
いました。

湯浅町にも深専寺の門前に大地震津波の
心得の碑が建てられています。

湯浅町の中央部に熊野古道が走っており
宿場町の面影もあります。

  湯浅駅15:51発で 和歌山駅経由で 18:13大阪に戻り解散しました。
有志で恒例の懇親会を開きました。 お疲れさまでした。
                                  以上
Top Page 




    史跡探訪クラブ


 
       「第7回 兵庫七福神巡り、他」
 


                         代表世話人 近世史科 6期
                                 御勢 健二 


 1月7日(月)、20名で毎年恒例の七福神巡りを主に兵庫を探訪しました。
13時に昼食を済ませて、神戸地下鉄海岸線の和田岬駅に集合しました。
殆どの参加者が海岸線は初めて乗車したようで心配しましたが、無事に集合。

 

先ずはJR和田岬線の和田岬駅へ。

兵庫駅から2.7kmの単線で朝晩しか運行
していません。 後方には高取山が。

駅舎跡のコンビニに資料が掲示されており、
昔は市電との交差を回避する為に市電が
高架橋を走っていました。

三石神社には、神功皇后と応神天皇を抱く
武内宿祢像があります。

七福神のスタートは和田神社です。
鳥居には猪の大きい垂れ幕が。
 

大晦日の「大拭」で設置された茅の輪を3回くぐりました。

境内にあるインド由来の弁財天僧です。社務所で七福神
巡りの資料にスタンプを各自で押して、スタートです。
 

次に探訪したのは薬仙寺です。

中国由来の寿老人像です。
 

運河を渡ると清盛を供養する十三重の石塔があります。しかし
移転時の発掘調査の結果、お墓では無いことが分かりました。

その近くの真光寺には一木造の福禄寿像があります。福禄寿は福
(幸福)、禄(財産)、寿(長寿)の御利益がある道教の神様です。
 

時宗の開祖の一遍上人が全国を周っていましたが、真光寺
の観音堂で亡くなり、境内に御廟所があります。

七福神ルートから少し離れて運河沿いに行くと兵庫城跡があります。 
ここには明治初期には初の兵庫県庁が置かれました。
 

兵庫大仏で有名な能福寺は 毘沙門天がありますが、
開帳されていません。スタンプだけ頂きました。

平清盛は京都で亡くなり荼毘に付しその遺骨は能福寺境内に
廟が作られたようで後世ここに祀られたようです。
 

布袋尊の柳原天神社には 七福神の石像が祀られています。

柳原蛭子神社は十日戎に備えて準備中。
 

境内に恵比寿(戎)像があります。

すぐ裏の福海寺も十日戎とセットになって準備中でした。
 

大黒天像です。

帰宅後、買い集めた七福神(200円)と宝船(400円)を並べて、
これで我が家にも良いことがありますように。
 
          終了後、恒例の懇親会を開きました。 お天気も良く、距離も 4kmと短かったので
          好評でした。 
Top Page 





     史跡探訪クラブ


 
     「第6回 京都岩倉地区、実相院、他巡り」  



                          代表世話人 近世史科 6期
                                  御勢 健二 

11月27日(火)、21名で京都の岩倉地区、実相院、他を探訪しました。
10時に地下鉄北山駅に集合し、10時15分発の京都バスで自動車教習所前で下車。
今回も前回と同様に、参加者が順番で地図を見て、先導することにしました。

  

配布された地図は白黒なので、これよりも分かりにくいですが道路や
郵便局他の記号を頼りに出発。

最初の圓通寺が見えてきました。

参道の正面には紅葉が出迎えてくれました。

後水尾天皇が造営された幡枝離宮跡で
借景の比叡山が美しい庭園です。

枯山水平庭で、国の名勝に指定されています。

栗栖野瓦窯跡は平安時代の官営瓦窯跡で
ここで生産された瓦は平安京内裏跡や京の
内外の寺院跡から多く出土しています。

次に探訪したのが日什上人が創建された
妙満寺で、仏舎利大塔があります。

「雪の庭」は松永貞徳の造営です。
「雪月花」三名園と並び称されていました。

本堂前からは、比叡山が大きく見えます。このお寺には安珍・清姫伝説の鐘もあり、
例年、道成寺を演じる芸能人が祈ります。

岩倉南公園で昼食後、山住神社に行きました。
平安京の造営時に桓武天皇が東西南北に
磐座を掘り出し、一切経を埋めたとされており
ここが北の磐座とされています。

岩倉具視幽棲旧宅に無事に到着。

ガイドさんが丁寧に説明してくれましたが「西郷どん」は史実とは
異なることが多く、西郷隆盛は訪問したことが無いそうです。

大正ガラスを用いた障子戸からの景色は綺麗です。

岩倉具視の遺品類を収蔵するために昭和3年
に建設された対岳文庫は武田五一の設計です。

岩倉具視、妻の遺髪を埋葬した瘞髪碑です。

すぐ近くの実相院も紅葉で出迎えてくれます。ここは床紅葉(撮影禁止)
で有名ですが残念ながら1週間ほど早かった為か部分的に
紅くなっていました。
お庭の紅葉は、丁度、見頃でした。
  
終了後、14時58分発の京都バスで四条河原町まで移動して恒例の反省会を
しました。 お天気が良く、暖かい絶好の史跡探訪日和でした。 
 Top Page





            史跡探訪クラブ

 
      「第5回 京都幕末ゆかりの地巡り」 

 


                       代
表世話人 近世史科 6期
                               御勢 健二
 
  10月23日(火)、16名で京都の幕末ゆかりの地巡りに出かけました。
  9時に阪急大宮駅に集合し、西へ徒歩10分の壬生寺に向かいました。



新選組の兵法調練場として境内が使われた壬生寺です。
節分、春、秋の壬生狂言で有名です。

一角にある壬生塚・壬生寺歴史資料室(200円)に入ると
「ああ新選組」の石碑があり、懐かしい音楽が流れます。

近藤勇の胸像の傍らには新選組の羽織形の
絵馬が多数奉納。 女性ファンが多いです。

近くの光縁寺には副長の山並敬介の紹介で屯所で
切腹した隊士達や、山並自身も葬られています。
 

市バスで東山安井に移動し、霊山歴史館まで登りました。
ここには幕末の資料が沢山、展示されています。

近くの霊山の「殉難志士墳墓」には幕末期の志士達の墓碑が
整備されています。坂本龍馬、中岡慎太郎の像です。
 

左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎のお墓が並んで祀られています。

中腹には長州藩の高杉晋作、他のお墓があります。
 

階段を登りきった所に、木戸孝充と妻の松子(写真には
写っていませんが左側)の墓碑があります。

市バスで祇園四条に戻り、一旦解散して昼食。一部は
ヴォーリズ建築で有名な東華菜館の屋上レストランへ。
 

再集合し、市バスで三条京阪へ。バスターミナルの東隅に
「池田屋事変殉難志士墓所跡」が石碑だけ残されています。

尊王と孝節ひとすじの旅の生涯を送り、後年、明治の
王政復古の思想的礎となった高山彦九郎の像です。
 

三条大橋に駅伝発祥の地の石碑があります。大正6(1917)年、
ここから上野まで3日間で駆け抜けたそうで、超ハードです。

高瀬川を少し上ると桂小五郎と幾松の寓居址があり、料亭と
なっています。5500円~10万円で勿論、パスです。
 

高瀬川の向い側に、佐久間象山遭難の碑と
大村益次郎御遭難の碑が並んでいます。

長州藩屋敷跡の京都ホテルオークラの北側に伊藤博文の胸像
があります。隣はホテルの初代社長の胸像も。
 

ホテルの西側の河原町通りに、桂小五郎の像があります。

桂小五郎寓居跡は徳川時代 対馬宗氏の屋敷跡だったとの
中村先生の解説板がありました。
 

女性陣は土佐の武市㟨山の寓居跡よりもちりめん洋服発祥
の地の方が興味があり、盛り上がりました。

新選組が活躍した池田屋事変の跡は
居酒屋の池田屋に変わっています。
 

坂本龍馬の寓居だった酢屋には資料も展示されています。

坂本龍馬と中岡慎太郎が遭難にあった近江屋跡は河原町通り
に面しており、石碑と説明板があります。
  上記の他、二条通りから四条通りまでの狭い地区に、長州屋敷址、彦根藩邸跡、土佐藩邸跡、
中岡慎太郎寓居跡、古高俊太郎寓居跡、等々の石碑や案内板がありました。
後は、恒例の反省?会で盛り上がり、楽しい一日でした。

 
Top Page 






      史跡探訪クラブ

 
     「第4回 六甲山頂→有馬温泉」 

  
                           代表世話人 近世史科 6期
                                    御勢 健二
 10月09日(火)、4名で六甲山頂→有馬温泉に行きました。 当初は10月1日の
予定でしたが、相次ぐ台風を敬遠したために参加者が少なくなりました。
 行けなくなった方はごめんなさい。 このレポートを参考にお出かけください。
 9時00分に阪急六甲駅に集合し、市バスで六甲ケーブル下に移動。


2両連結の六甲山ケーブルカー。
標高差500mを10分で運びあげてくれます。

発車直後の対岸が大雨で大崩れしています。
自然の威力は凄いと実感。

第1トンネル直前の唯一の滝です。

山上駅には六甲有馬ロープウエイの表六甲線の駅舎が
残されています。阪神大震災後、休止しています。

山上駅屋上の天覧台からは神戸市の中心街が見えます。 
沖合の神戸空港、ポートアイランドも。

連休明けで六甲山小学校も授業中でした。

オルゴール館前の池には開催中の
六甲ミーツ・アート祭2018の参加作品が。
池に浮かべた動物像がユラリユラリ。

高山植物園はお花があまり咲いていない
ようなのでパス。 これは道路から見えた
作品です。

六甲ガーデンテラス近くの枝垂れは
これ又、有料なのでパス。

道路が土砂崩れで1m巾位が無くなって
います。 もしその瞬間にと思うとゾッと。

六甲山頂近くの東屋で昼食。 歩いてきた
ガーデンハウスの遠望とススキが綺麗。

六甲山頂です。 右端に一等三角点。現在は931.78m
ですが20年位で3cm隆起したようです。

三連休後の為か、一軒茶屋はお休みでした。

魚屋道(ととやみち)で有馬温泉まで下ります。
有馬温泉の上の稲荷神社まで来ると一安心。

有馬稲荷神社は舒明天皇、孝徳天皇が
行幸された時に祀られたとのこと。

金の湯はお休みで銀の湯に行きました。
中国人の観光客が大半で、ここは日本か?
と思うほどでした。 しかし温泉は気持ちよく
疲れが取れました。
阪急バスで宝塚に移動し、反省会をして解散。 御苦労様でした。 
Top Page 






     史跡探訪クラブ

 
    「第3回 元伊勢内宮、福知山市内街歩き」
                                   代表世話人 近世史科 6期
                                           御勢 健二
 
        7月24日(火)、12名で青春18チケットを活用して、丹後の元伊勢神宮内宮他と 
      来年の大河ドラマの明智光秀ゆかりの福知山市内の街歩きに出かけました。
       7時40分に大阪駅で集合し、7時54分発の篠山口行きの電車に乗りました。


2年前に登った黒井城址が車窓からよく
見えます。 光秀が丹波・但馬掃討した時の
戦場でもあります。

福知山からは第三セクターの京都丹後鉄道の
ディーゼル・ワンマンカーに乗換えです。
 青春18が使えないのが痛いが片道380円。

大江山口内宮駅に近づくと、左手に内宮の
鳥居が見えてきます。

下車したのは、我々の他には一人だけ。
地元の人のようですぐに見えなくなりました。

元伊勢内宮・皇大神社の碑のある所から
参道が続きます。 木々の間から吹く風は
都会と違って涼しいです。

参道の真ん中に立派なご神木があります。
麻呂子スギです。

元伊勢神宮は 現在の三重県の伊勢神宮に
遷座する54年前に祀られたとされています。
全国で2例しか無い黒木の鳥居で表皮が
ついたままの木で作られています。

茅葺き神明造りの本殿で、立派です。

15分位奥に行くと、川の近くに天岩戸神社の
遙拝所があります。

下見の時は、水量が多く、神社に続く道が
水で洗われていて近づけませんでした。

今回は直下まで歩けました。 鎖を使って
神社の直近まで登れます。

この辺りは、巨岩がゴロゴロしていて、
天岩戸を想起させてくれます。

福知山駅に戻り、東に進むと福知山城が
見えてきます。

明智光秀ゆかりのお城ですが、現在のは
鉄筋コンクリート造りです。 火曜日が休館日
のために内部見学は出来ませんでした。

お城の北側にうだつのある商家があります。
仏蘭西焼菓子調進所の足立音衛門の
京都本店です。

この栗のテリーヌはお誂えでお好みの味に
してくれますが、何と2本で25,380円!!
有名人からよくオーダーがあるそうですが
とても庶民には。

由良川の堤防に登ると、明智薮があります。
光秀は由良川の治水に尽力し、水流の
衝撃をやわらげる為に薮を設けました。

ポッポランドには蒸気機関車が展示されて
います。 よく公園等で野ざらし展示され
老朽化していますが、屋内なので綺麗です。
運転席にも座れます。

昭和28年の台風13号では由良川が氾濫し
2階まで水没した記念碑が遺されています。
今年の西日本水害も怖いです。

光秀の没後120年頃、町民たちによって
その霊が合祀された御霊神社です。
桔梗紋の本殿があります。

旧両丹銀行本町支店で昭和10年代の
創建です。 現在は桐村眼科医院です。

JR福知山駅は高架になっており、駅舎も
なかなか優美です。
駅構内に王将があり、大阪まで待てない有志で早速、反省会。 御苦労様でした。 
 Top Page





    史跡探訪クラブ


 
    「第2回 甲山八十八ヶ所巡りと越木岩神社」
                                                           表世話人 近世史科 6期
        御勢 健二
        5月28日(月)、14名で西宮市の甲山の八十八ケ所巡りと越木岩神社に行きました。
        事前の天気予報では雨模様でしたが、全員の日頃の行いが良いのか曇り空でした。
        体力を温存するために 阪神バスで甲山森林公園まで移動。 



八十八ケ所の第一番霊山寺です。

途中には巨岩の間にある祠も。

第六十番横峰寺の仏像の向こうには
甲山が綺麗に見えます。

甲山の麓の神呪寺が望めます。

巨岩の側を進みます。

番外の役行者像もあります。

第八十七番を通過し、神呪寺の仁王門に。

本堂の傍らに結願札所第八十八番大窪寺があります。

見晴台からは眼下に関学や神戸女学院
が見えます。 ここで昼食です。

頑張って甲山頂上まで登りました。
二等三角点です。

下山し北山貯水池から振り返ると甲山が。

巨岩がゴロゴロとあります。

巨岩の向こうには西宮市内が見えます。

越木岩神社の拝殿です。

本殿の裏手にある岩社の後ろには巨大な
磐座の甑岩がそびえます。

甑岩の周りを回るとご利益があるとの
ことなので、回りました。
       甲陽園駅まで歩いて、解散しました。 ツマガリのケーキ組と西宮北口の居酒屋組に
       分かれて反省会をしました。  お疲れさまでした。
 
Top Page 




     
     史跡探訪クラブ

   
 
     「第1回 又兵衛桜と大宇陀の里歩き」 
 
                                                           表世話人 近世史科 6期
        御勢 健二
         4月2日(月)、16名で宇陀市の又兵衛桜と大宇陀の里歩きをしました。 
         例年は4月10日前後が見頃ということで計画していましたが、急に暖かくなり
        急遽1週間繰り上げました。 
         10時55分に近鉄榛原駅に集合して、バスで大宇陀へ移動しました。


宇陀川の桜並木も満開です。

中之庄遺跡は弥生、飛鳥、中近世3時期にわたる遺跡ですが、
飛鳥時代の竪穴式住居が再現されています。

中之庄遺跡は阿騎野・人麻呂公園として
整備され、人麻呂の石造が建立されて
います。


遠くからでも、又兵衛桜が見えてきます。⇒
後藤又兵衛がこの地に落ちのび、その
屋敷跡にあることが名前の由来です。

すぐ後ろには桃がたくさんあり、こちらは
5分咲き位ですが、綺麗です。



幹周3m、高さ13mの見事な枝垂桜で ⇒
石垣とのバランスも美しいです。

かぎろひの丘万葉公園に移動して昼食。



⇐ 晴天に恵まれて美しい。

公園には柿本人麻呂が軽皇子の狩りに随行して詠ったと
される「東の野にかぎろい・・」の歌碑が建てられています。

式内郷社の阿紀神社はご祭神が天照大神で
伊勢神宮と同様に南向きの神明造りです。

江戸時代に織田藩の治所となり、三代
長頼公時代に能舞台が造られました。

天益寺(てんやくじ)の枝垂れ桜も満開で美しいです。

徳源寺の入口近傍の湿地になんと
ミズバショウが咲いていました。

徳源寺は織田信雄以降4代の菩提寺で、五輪塔が祀られて
いますが、道路が崩れて立入禁止でした。

宇陀松山城の城下町の入口にある黒門です。
 敵の侵入を阻止するために道路は曲がりが多いです。

歴史文化館 薬の館は休館日。
軒の看板が立派です。

史跡・森野旧薬園です。吉宗の頃に、高価な輸入漢方薬の
代わりの薬草探しに貢献し、薬草園を作りました。

あきのの湯はPH9.5のアルカリ泉でつるつるになる美人の湯です。
薬草風呂もありました。
 
         有志であきのの湯で反省会。 暑い位の天候だったので湯上りの一杯は最高。
         御苦労さまでした。 

 Top Page





   
史跡探訪クラブ

   
 
        「第10回 賤ヶ岳」 
 
     表世話人 歴史ロマン 中世 5期
               御勢 健二
            3月28日(水)、7名で青春チケットを利用して湖北の賤ヶ岳を探訪しました。
         8時19分発のJR快速電車に乗り、木之本駅からバスで賤ヶ岳口に移動しました。 



バス停から賤ヶ岳の方に歩いて行くと式内社
伊香具神社への参道が見えてきます。
参道の桜並木はまだ蕾固しで残念。

鳥居は八脚の足と脇鳥居をもつ「伊香式」と
呼ばれる珍しい形式です。

リフトはまだ整備中で稼働していないので
徒歩で登りました。 リフト終点まで登ると
反対側に琵琶湖と竹生島が見えました。

賤ヶ岳の戦いでは多くの戦没者が出たので
慰霊地が設けられています。

頂上まで登ると、北側に美しい余呉湖が
望めます。  ここで昼食を摂りました。

421.13mの三等三角点です。

柴田勝家の像です。

余呉駅を目指して、稜線を辿ります。
岩は少なく、快適な道です。

269.7mの四等三角点を見つけました。
道から少し離れた所だったので見つけ難かったです。

秀吉軍に味方して全滅した茨木城主の中川清秀公の首を洗ったと
される「首洗いの池」です。今でもきれいな水が湧いていました。

中川清秀公が築いた大岩山砦跡の説明板です。
 急峻な地形を上手く利用して造られています。

立派な墓所が作られています。

途中から合流したたデンマークから留学中の
ハンナさんとビールで乾杯。 美味い!!

余呉駅からは余呉湖と賤ヶ岳がよく見えました。
          高槻駅まで無事帰着し、有志で恒例の反省会をして帰宅しました。
          御苦労さまでした。

 
 Top Page





   
史跡探訪クラブ

   
          
 第9回 西郷隆盛ゆかりの地(京都)」
                                                表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                           御勢 健二
 
                3月13日(火)、25名で西郷隆盛ゆかりの地を探訪しました。
           9時30分に阪急電車大宮駅に集合し、京阪バスで清閑寺へ移動しました。


バス停から登って行くと、高倉天皇陵と

六条天皇陵があります。

清閑寺は 高倉天皇に寵愛された「小督局」が平清盛の為に
引き離され尼にさせられた所です。

「小督局」の供養塔です。 高倉天皇は亡くなったら清閑寺に
近くに埋葬してと要望し、近くに埋葬されました。

境内には 西郷が勤皇僧の月照と密議したと言われる
「郭公亭」がありましたが荒廃し、撤去されました。

「歌の中山」を辿ると清水寺に行けます。
本堂は修復工事中で、すっぽり覆われています。

特別公開中の成就院です。 住職の月照は島津斉彬に殉死しよう
とした西郷に「もっとするべきことがある」と諭しました。 
二人が入水した折の衣や月照の木像が展示。

江戸時代の松永貞徳作の「雪月花三庭」は月の庭とされます。
 高台寺山を借景した名園です。(撮影禁止なので写真はカタログ)

昼食後、バスで東福寺に移動。
紅葉で有名な通天橋の周辺もひっそりとしています。

通天橋の上流の屋根付き橋を渡ると特別公開中の即宗院があります。
室町時代に島津氏久の菩提寺として創建。
島津家の重箱や徳川慶喜の掛軸も展示。

即宗院の裏手に、西郷と月照が密議を
重ねたと言われる採薪亭がありました。
今は撤去されています。

西郷は戊辰戦争が終わった後、即宗院に半年間滞在し、
戦死者524霊を弔う「東征戦亡之碑」を書き上げました。

西郷の弟・西郷吉二郎も小銃七隊で戦死しました。

東福寺の国宝の三門です。 
両脇に階上に上る山廊を設けた最大最古の遺構です。

京阪電車と市バスで今出川へ移動。
同志社大学正門近くに二本松薩摩藩邸跡の石碑があります。

相国寺の近くに薩摩藩士の戦死者墓があります。

相国寺境内の墓地に、長州藩士の戦亡霊塔があります。

鞍馬口近くに薩長同盟を結んだとされる御花畑屋敷跡の石碑が
昨年設置されました。薩摩藩の小松帯刀が近衛家の別邸を借り
寓居としていました。










最後は有志で恒例の反省会をして帰宅しました。
御苦労さまでした。
Top Page
 




    史跡探訪クラブ

   
          
 第8回 鳥羽伏見戦跡・城南宮七草粥・他」

 
                                                表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                           御勢 健二
  
        今回は 2月11日(日)、20名で鳥羽伏見戦跡と城南宮七草粥、他を探訪しました。
        10時に阪急電車 桂駅に集合し、市バスで国道赤池へ移動。
 


鳥羽街道を北上すると、右手に広いグランドと公園が
見えてきます。 かつての鳥羽離宮南殿跡です。

公園に整備されており、背後の丘が秋の山で鳥羽伏見の
戦いの折り、官軍が大砲を隠した所です。

鳥羽街道が鴨川を渡る小枝橋の近くに
鳥羽伏見の戦い勃発の碑があります。

すぐ近くの城南宮にも官軍の陣営がありました。

毎年2月11日には七草粥がいただけます。量は少ないですが、
暖まりました。すぐに食べてしまい、お粥は撮影し損ねました。

離宮が多かったので、天皇陵もいくつか
あります。 白河天皇陵です。

鳥羽天皇勅願の天台宗の北向不動尊です。平安京を守る
為に木造不動明王は北向きに安置されました。

鳥羽天皇陵です。

安楽壽院は鳥羽法皇が阿弥陀三尊を安置され後の大覚寺領の経
済的基盤となりました。鳥羽伏見の戦いでは官軍の本営でした。

近衛天皇陵は1606年に建立。多宝塔様式です。

近鉄電車で伏見地区の丹波橋駅まで移動。薩摩寺とも言われる
大黒寺では、大久保と西郷が蜜議した部屋や資料が特別公開中。

境内には寺田屋騒動で殉職した九烈士を西郷が
祀ったお墓があります。 西郷自筆の墓石です。

近くの松山酒造、共同酒造の正門付近に薩摩島津伏見藩邸跡
の碑があります。篤姫も江戸へ向かう途中に逗留しました。

寺田屋事件でお龍の機転で逃げ出した龍馬はこの付近の
材木小屋で隠れ、薩摩藩邸に救出されました。

寺田屋の近くの橋のたもとに伏見口の戦い
激戦地の碑があります。

寺田屋騒動、事件でお馴染みの寺田屋です。
今も素泊まり6千円の宿屋です。

伏見の戦いで官軍からの猛攻撃を受け炎上した奉行所跡です。
 南側の公園も含め大きな屋敷だったことが分かりました。

会席料理屋 魚三楼の玄関近くには弾痕が
残っており、戦闘の激しさが分かります。
 


御香宮神社の境内にある伏見の戦跡碑は佐藤栄作筆です。 
裏手の台地に大砲を設け、幕府軍を攻撃しました。

            最後は有志で恒例の反省会をして帰宅しました。 御苦労さまでした。
Top Page




    史跡探訪クラブ


           
 第7回 尼崎城址、七福神めぐり、他」    
 
                                                表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                            御勢 健二
 
           今回は 1月19日(金)、13名で尼崎城址、七福神巡りをしました。
          13時に阪神電車 大物駅に集合しましたが、大半の人は初めて下車した
         とのことです。


駅近くに「大物くずれの戦跡碑」があります。
室町時代の細川家の激しい内紛があった場所です。

大物主神社の境内には歌舞伎や浄瑠璃の「義経千本桜」の
舞台となった義経・弁慶隠れ家跡の碑があります。

国道43号線沿いの名城小学校の校庭に
尼崎城の大きい模型が作られています。
奥の方に小天守が見えますし、お堀もあります。

元尼崎高等女学校校舎を文化財収蔵庫に活用しています。 
ここは「三丁目の夕日」のロケにも使われました。

石器時代からの遺物や尼崎城の資料等
分かりやすく展示されています。

櫻井神社は歴代の櫻井松平家藩主を祀っています。 
屋根の軒丸瓦の紋は可愛い桜です。

尼崎城最後の藩主・櫻井忠興公が西南戦争の負傷者や病人を
救助するために「博愛社」を派遣しました。それが認められ
後に日本赤十字が誕生しました。

尼崎城の天守閣が復元工事中で8月に完成予定です。 尼崎で創業
したミドリ電器(現エディオン)の創業者が復元した後、市に寄贈。
 太っ腹だね。

阪神電鉄は明治32年に設立され、明治37年に自前の電気を
確保するために発電所を設けました。

創業百有余年のヒノデ阿免の久保商店。

水飴の原料は国産米のみ使用し、家伝の
製法で発酵させているとのことです。

旧開明尋常小学校校舎は尼崎市役所の開明庁舎として活用中。
 尼崎市は古い建物をよく保存活用しています。

現尼崎信用金庫の前身である尼崎信用組合の本部です。

隣接の尼信博物館では、尼崎の歴史を教えて貰いました。

コイン博物館には、今年開催の冬季オリン
ピックの記念硬貨も購入し展示。

世界貯金箱博物館には、正月らしい貯金箱がズラリと展示。

いよいよ本興寺から尼崎七福神巡りを開始。
 大黒天のスタンプを見つけました。

境内の十月桜はほぼ満開で、美しい。

商店街の交差点には、歴代のタイガースの選手や有名人の手形が
ずらりと。 大きい手も小さい手もあることがとが分かります。

寺町を巡って、尼崎戎で七福神が完成。
ご利益がありますように。
           最後は有志で反省会をして帰宅しました。
           御苦労さまでした。
 
 Top Page






           史跡探訪クラブ

            
第6回 三木城址、竹中半兵衛お墓、他」    

                                代表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                            御勢 健二
 
     今回は 11月29日(水)、13名で三木城址、竹中半兵衛お墓、他の史跡を探訪しました。
        午前中は曇りでしたが、午後からは小雨が降る生憎のお天気でした。
     神戸電鉄、神姫バスの本数が少ないので、11時50分に三木上の丸駅に集合しました。


先ず神姫バスで慈眼寺へ。 大化4年(648)に法道仙人の開
基と伝えられる古刹です。参道は紅葉のトンネルで綺麗です。

本堂の側の紅葉も見頃です。

境内の奥には、何故か両国の回向院から分墓された義賊鼠小僧次郎
吉のお墓があります。あやかりたいとお墓の一部を持ち帰る人がいる
ため、祠の中へ安置。

お墓は 鼠の形の石の上に祀られています。

美嚢川の潜水橋です。 過日の大雨で橋脚に木材や竹材
が滞っています。手摺が無いけど、広いので無事に通過。

竹中半兵衛のお墓です。京都で療養中でしたが、三木城攻めの為
に戻り、36歳で陣中で亡くなりました。

平井山に築かれた秀吉の本陣址からは三木城が望めますが、残念な
がら小雨が降り、見えませんでした。この見晴台の下で雨宿りを兼
ねて昼食を摂りました。

その昔、有馬の湯へ通ずる湯の山街道です。
秀吉は兵卒の怪我人の為に有馬の湯を
運ばせ野風呂で療養させたと伝わります。

造り酒屋には 杉玉が。

駅近くの万珠庵。山田錦や紫いものジェラートが人気です。

三木城への急な階段が続きます。

登り切ると、眼下に神戸電鉄の電車が望めます。

国史跡の三木城祉です。 秀吉による2年間に亘って兵糧攻めが
行われ「三木の干殺し」と言われました。

部下と領民の命と引き換えに一族と共に
自刃した別所長治公の石像です。

金物博物館では三木の大工道具の歴史がよく分かります。これは大きい
鋸が「おが」と呼ばれることから、切ったクズのことを「おが屑」と呼
ばれるようになりました。

「むらの鍛冶や」の記念碑の前に立つと
音楽が流れ、ついつい口ずさみました。

みき歴史資料館(無料)には、三木市の古代から現代までの歴史
資料が展示。特に三木城攻めの展示が充実しています。

雲龍寺の近くには 別所長治公と正室の
照子夫人の首塚があります。

           神戸電鉄で神戸の新開地に戻り、恒例の反省会をして、帰途につきました。
           御苦労さまでした。
 
 Top Page




 
    史跡探訪クラブ


                  「第5回 大阪渡船 大正区史跡他」
              
                             代表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                         御勢 健二
 
        第5回目は10月27日、16名で大阪渡船と大正区の史跡を探訪しました。
        参加者の行ないが良いためか秋晴れの好天に恵まれました。
        13時にJR環状線の大正駅に集合しました。
 

先ず、大正区の名称の由来にもなった大正橋へ。南側の高欄には
何故かベートーベンの「歓喜の歌」の音符が作られています。

バスで大正区役所に移動し、図書館前の大正区の立体地図を拝見。
 概略の地形がよく分かりました。

江戸時代、北前船等は木津川筋を、菱垣廻船は安治川筋を
利用しました。木津川の堤には千本松があります。

千島公園の昭和山に向かいます。70年万博の地下鉄工事の
残土他で作られました。

昭和山は標高33mで大阪市内では2番目に高い山です。 

落合上の渡船乗り場です。大阪市営で無料が嬉しい。

木津川の日本一大きいアーチ型水門です。大阪を高潮から防い
でおり、毎月1回試運転しています。

対岸は 西成区で、アッという間の船旅です。

工場の側を歩いて落合下の渡船場へ。

次の渡船場には自動車用の千本松大橋が掛けられています。

平尾亥開公園の説明板には、第1次大戦後、この近くにドイツ兵
の俘虜収容設備があり760名収容されていたそうです。

その当時のオーケストラです。徳島よりも早くベートーベン
の第九が演奏されたかもとのことで大正橋の楽譜の由縁です。

千本松の渡船場ではギリギリ間に合わず。
自転車は間に合っていいなあ。

有志6名は通称メガネ橋と言われる
千本松大橋を渡ることに。

橋の頂上は36mですから昭和山よりも
高かった。 眼下に渡船が見えます。

工場地域を歩いていると、水素ステーションもありました。

4番目の渡船は新木津川大橋のすぐ近くにあります。

木津川の河口には、大正12年に「木津川尻飛行場」が開設され、
昭和14年に伊丹空港が開設されるまでは、大阪の空の窓口でした。
         バスで大正駅まで戻って、15名で沖縄料理店に行ったのですが、花金で満席。
         居酒屋で 懇親会をしました。


その後、「大阪開港150周年記念」で来阪した帆船のライトアップ
を見に行きました。日本丸、海王丸と大観覧車が綺麗でした。

「太平洋の白鳥」と呼ばれる日本丸は
2570トンの大型帆船です。
夜遅くまで、大いに盛り上がりました。 お疲れさまでした。
 
Top Page






    史跡探訪クラブ
   
           「第4回 天香久山、安倍文殊院 他」  

                                             表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                          御勢 健二


                第4回目は 09月18日、16名で大和三山の天香久山と安倍文殊院他を 
               探訪しました。 前夜に迷走台風18号が通過し、台風一過とはいえませんが
          曇り時々晴れの天候に恵まれました。 参加者の日頃の行いが良いからかも。
          10時に近鉄畝傍御陵前駅に集合しました。


先ず、昨年も行った本薬師寺のホテイアオイを見に行きました。
 後方が天香久山です。

藤原京の朱雀大路跡です。
この反対側に、藤原宮跡がありますが、
大路も広かったことが分かりました。
おかげで拝観料は無料に

紀寺廃寺跡です。 藤原京には多くの
寺院が建設されました。

大官大寺は文武天皇の建造された
最高位のお寺でした。 塔跡も広く
立派なお寺だと分かります。

天の香久山の南麓にある天岩戸神社。
台風のため、落ち葉が大変で、近所の
方が掃除されていました。 感謝

伊弉冉(イザナミ)神社です。

伊弉諾(イザナギ)神社です。

頂上に登ると、視界が広がります。
畝傍山や二上山が見えてホッコリ

頂上近くにある国常立(クニトコタテ)神社

北麓にあるパワースポットの「蛇つなぎ石」

近くにあるパワースポットの「月の誕生石」

研究の進んでいる吉備池廃寺跡

安倍文殊院の本堂
安置されている文殊像は日本三大文殊像の最大。
 国宝です。お抹茶付きで700円はお得です。

池の中にある「金閣浮御堂」
コスモスもほぼ満開

池の東側のお花広場では丁度
「コスモスの迷路」が開催中

最初は、子供騙しと笑っていたが
最後は、真剣に。
          帰路は桜井駅から近鉄急行で鶴橋に戻り、有志で懇親会しました。
          お疲れさまでした。 
 
 Top Page





   史跡探訪クラブ

   
           「第3回 丹州観音寺、楞厳寺」  
 
                              代表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                          御勢 健二

             第3回目は 07月24日、7名で関西花の寺 第一番の福知山市の丹州観音寺と
       第二番の綾部市の楞厳寺
を訪れました。
        青春18チケットを活用して、JR高槻駅8時38分発の新快速で、京都駅経由で

       山陰本線 高津駅に10時54分着。途中の車中では、曇っていたので、涼しいかも
       と期待したのですが、歩き始めると、ジリジリと太陽が。




徒歩25分で 丹州観音寺に。

アジサイ寺で有名ですが、もう終わりかな?
おかげで拝観料は無料に。

立派な仁王門

山門には花の寺第一番の札が。

丁度、キキョウが咲き誇っています。
福知山→明智光秀→キキョウかな?

鶏も涼を求めて、草陰に。

ご本尊は十一面千手千眼観世音菩薩ですが、次回御開帳は
平成42年とのこと、それまで生きていたいね。

今回は行きませんが、古市円山古墳の遠望です。
  直径70mで京都府最大の円墳です。

高津駅(たかつえき)は無人駅

綾部駅まで電車で戻り、バス10分と徒歩20分で
第二番の花の寺 楞厳寺(りょうごんじ)へ

ここの名物は4月中旬のミツバツツジと
7~8月のハスです。

もう一つの名物が昭和初期に描かれた長井一禾(ながい いっか)の
春夏秋冬のカラス これは子育てしている春の絵
冬の絵は大きくなったヒナ鳥が川エビを取って親鳥に恩返しする絵です。
事前に予約していたので見られました。

ご本尊は薬師瑠璃光如来ですが拝観出来ませんでした。

ハスの花はまだまだ咲きそうでした。
          元気な4名は 駅まで徒歩で1時間、3名は徒歩とバスで綾部駅に移動、
         隣接した榮温泉で汗を流し、懇親会をしてから福知山経由で19時過ぎに
         帰阪しました。 
 Top Page






           史跡探訪クラブ
   
           「第2回 近江富士、銅鐸博物館 ほか」 
                                             
                                           表世話人 歴史ロマン中世 5期
                                       御勢 健二
          
           第2回目は 05月31日、12名で近江富士、銅鐸博物館、他に行きました。
       午後からは雨が降るかもという天候でしたが、野洲駅に9時50分に集合しました。


野洲川の向こうに近江富士が見えますが
黄砂の影響かボンヤリしています。

御上神社へ

国重要文化財の楼門は立派です。

国宝の本殿は鎌倉時代後期の建立と推定されます。

丁度、麦秋で黄金色に実っています。
ここは昭和天皇即位の儀式、大嘗祭にお供えする神酒、
神餅のお米を作る悠紀齋田地に勅定されました。

いよいよ登山道に向かいます。
距離は1.4kmですが、登りがきついか?

猪除けの柵を開けて登ります。

表登山道と裏登山道の分岐です。
表4名と裏8名とに分かれて登りました。

裏登山道でも結構な登りで、岩と根が
多く歩きにくいです。

苦労した結果、何とか登り切り、頂上すぐ近くの
展望台からは野洲川が眼下に見えます。

空気が綺麗な時期には、比良山系や
比叡山、琵琶湖がよく見えるのに残念!

御上神社の奥宮が頂上近くにあります。

432mの頂上です。
空いていたので、昼食を摂りました。

午後から登ったのとは反対側の花緑公園側
道路で降りました。 花緑公園には、ロッジや
バーベキューサイトがあり楽しめそうです。


 銅鐸博物館の入口の銅鐸モデルこの辺りからは24個の
銅鐸が発掘され日本で2番目の量です。日本最大の銅鐸も
見つかりました。
 
          銅鐸博物館を見学した後、大岩山古墳群や桜生史跡公園を見に行く予定でしたが
          激しい雷雨にみまわれ断念。 バスで野州駅に移動しました。
          その後で、全員で懇親会を開きました。 
 
 Top Page






      史跡探訪クラブ

                  「第1回 室生寺・長谷寺 他」
                                          表世話人 歴史ロマン 中世 5期
                                       御勢 健二
 

        29年度の第1回目は 4月29日、12名で室生寺、長谷寺、他に行きました。
        前後の日はお天気が良かったのですが、その日だけは小雨でしたが、山道があ
       まり無いので、傘をさしての史跡探訪となりました。室生大野口駅に 10時に
       集合し、10時20分の臨時バスに乗って室生寺に移動。

        お花のシーズンだけは臨時バスがありますので、全員座れました。室生寺は後
       回しにして、そのまま、1km先の室生龍穴神社まで行きました。
 

大きい木の奥に室生龍穴神社があります。

その奥の方に吉祥竜穴がありますが神域のために、
ぐるっと林道を迂回する必要があります。

林道を進んで行くと、天の岩戸が。巨岩が注連縄で結ばれています。

この鳥居をくぐって、谷に降ります。

遙拝処の対岸に大きな洞穴がいかにも竜が潜んでいそうです。

川は巨岩の上を流れ落ちています。

昼食を済ませてから、室生寺へ。

参道のシャクナゲは残念ながらまだ
三分咲き程度でした。

金堂(国宝)では、釈迦如来立像(国宝)
十一面観音菩薩像(国宝)他が安置

弥勒堂(国重文)では 釈迦如来坐像(国宝)が特別公開中

奥の院までは 400段の階段が。
やっと舞台造りの位牌堂が見えてきました。

奥の院の御影堂(国重文)。 
弘法大師四十二才の像を安置。

バスで室生大野口のすぐ手前の大野寺で下車。
 宇陀川の対岸に磨崖仏が。

高さ14mの弥勒菩薩像です。

こんな山里にどういうわけか海神社が
あります。 祭神は豊玉姫命です。

三間社流造ですが、左右連結様式で珍しいです。

近鉄電車で長谷に移動。 一部の方はタクシーで移動。
 これも町歩きの利点です。

長い登楼の両側には ボタンの鉢が
飾られていますが、まだ一分咲き程度。

ボタンの花も見られました。
 
             鶴橋駅に戻り、有志で懇親会。こちらの話は満開状態で大いに盛り上がりました。 
 Top Page




 

            史跡探訪クラブ

                  「第8回 桶狭間の古戦城址 他」

                                                 表世話人 歴史ロマン 3期
                                         御勢 健二
 

                第8回目は 3月29日、18名で尾張の桶狭間の合戦場、他に行きました。
        大阪、高槻から青春18切符を活用して行きました。
        最初に中京地区で最大の断夫山
(だんぷさん・だんぷやま)古墳、織田信長が戦勝祈願し
        た熱田神宮に立ち寄り桶狭間の古戦場址に行きました。

         大阪駅8時21分発、高槻駅8時38分発の新快速で名古屋に向かいました。


     JR熱田駅近くにある断夫山古墳。
    墳丘長151mの前方後円墳で尾張地区最大。
    継体天皇と関係の深い豪族の首長墓か?

       
   後円部からは登れるようです。 
     熱田神宮はとても広い神社です。
     参道から少し左にずれた位置に本宮はあります。
   弘法大師お手植えと伝わる大楠は
   樹齢千年以上とか。 
 
      本殿は伊勢神宮の本宮を下賜されたものです。     拝殿前で記念撮影。 
 
      信長が寄進した信長塀の一部が
      残されています。
     昼食後、電車で10km先の有松に移動。電車では
     あっという間ですが、信長軍は2時間足らずで進軍
     したとか。有松は絞りで有名です。
 
     絞会館、他多くのお店は定休日で、女性陣から
     ブーイング、調査不足ですみません。
     だらだら坂を1.5km登って行くと桶狭間古戦場公園、
     名古屋市はここが古戦場としています。
 
 
左が織田信長、右が今川義元、義元公も強そうに見えます。
 
      桶狭間山は宅地開発されており戦場の面影はありません。     1.5km北東に行ったところにも古戦場址があります。 
 
     豊明市の説明板では「こちらこそが古戦場」としています。      今川義元公のお墓です。 
 
           名古屋市も豊明市も「こちらこそ桶狭間の古戦場」と主張しているようです。
        どちらと思うかと車中で話しながら、18時30分頃高槻に全員無事に帰着しました。
 
Top Page 




 

            史跡探訪クラブ

                     「第7回 都五福神巡り」

                                                    代表世話人 歴史ロマン 3期
                                            御勢 健二



               第7回目は1月11日、22名で都五福神巡りに行きました。 
               日本最古の都七福神の内、大黒天、福禄寿は 昨年5月に詣でているので 
               今回は残りの五福神を巡ります。


               京阪黄檗駅に10時に集合し、先ずは萬福寺に向かいました。      
 
    天王殿が寺の玄関として設けられています。 その中に布袋尊、
    韋駄天像、四天王が安置されています。
    布袋尊は弥勒菩薩の化身とされていますが広隆寺の弥勒菩薩とは
    全く違うなあ。
    大雄寶殿(本堂)は中国様式です。      大雄寶殿の釈迦如来像
   
 京阪電車、近鉄電車で東寺へ移動 日本一高い五重の塔の初層が特別公開中      毘沙門堂で毘沙門天にお参り
   市バスで清水道に移動し、分散して昼食。六波羅蜜寺は大勢の人が。      金ピカの弁財天像。芸事、お水他の神様です。
    丁度、残り戎でえびす神社は大賑わい      境内には ゑびす像も。
    11日だけは舞子さんが福笹を売ってくれます。     お稽古帰り(?)の芸奴さんもお参り。京都らしくていいですね。
    市バスで 河原町丸太町まで移動して革堂行願寺へ。      境内にある寿老人神堂です。
     中には長寿・福徳の寿老人像が。       七福神巡りも無事終了。
  



すぐ北隣は 下御霊神社です。
崇道天皇を初めとして、政争に巻き込まれて
憤死した人々の怨霊を鎮めるために創建
 Top Page




 

            史跡探訪クラブ

              「第6回 箕面 勝尾寺 町石道」

                                                    代表世話人 歴史ロマン 3期
                                            御勢 健二


            第6回は、11月30日、11名で箕面勝尾寺、町石道に行きました。
       通常は、西国街道 勝尾寺口から登るのですが、バスで勝尾寺まで行き、
       下る時に町石を探すことにしました。

        阪急北千里駅に11時前に集合しました。

    北千里駅近くの三色彩道片側はもう落葉し始めています。      名刹勝尾寺の石碑下部に、小さいダルマが入れられています。
     ご利益あるのかなあ?
 
    勝尾寺の紅葉も盛りを少し過ぎていました。      近くの勝尾寺園地で昼食。 
     椿と紅葉が美しい。  
 いよいよ町石道に向いました。町石を見つけるのを順番に交替という
 から難しいのかと思ったら、少し登ったら右側に一町石がありました。
    二町石、三町石も難なく見つけられました。
     七町石までは簡単に見つけられたので後も楽勝かな?      途中で眺望が開け、茨木方面がよく見えました。
     なかなか町石が見つけられません。 
 かなり下った所で、十町石を見つけました。途中はどうなっているの?       大きい木にもたれかかったのは十七町石です。 
   里に下りてきました。二十六町石かなあ?二十八町石かなあ?
   二十八町石です。
     三十町石は帝釈寺の境内にあります。
    これは見つけられないよ。
    これも見つけにくいなあ。
    山の中も難しいけど、市街地はもっと見つけにくいです。
     国道171号線の交差点の向こう側に勝尾寺口の
    鳥居が見えてきました。
 西国街道の勝尾寺口には三十六町石があり、昔の人は
 町石をたどって、勝尾寺詣でをしていました。
       勝尾寺口の鳥居をバックにお疲れさまでした。
      多くの町石が地震や他の理由で無くなっています。
    皆さんも、ぜひ町石を探しながら、勝尾寺を目指してください。 
Top Page 







 
             史跡探訪クラブ

              「第5回 大和二山、神武天皇陵他」
                                                    代表世話人 歴史ロマン 3期
                                            御勢 健二


            第5回目は 9月28日、24名で大和二山に行きました。
           通常は、畝傍山、耳成山、天香久山の大和三山に行くのですが、 
           距離が長くなるので天香久山は又の機会にしました。

                  近鉄橿原神宮駅に10時に集合。 前夜の雨は上がったものの曇り空で
           お昼頃には、雨に降られました。

        近鉄橿原神宮前駅は村野藤吾設計で大和棟の美しい建物です。
       貴賓室もあるとのことです。
   橿原神宮は明治天皇により、明治23年に官幣
   大社として創建されました。
 
   奈良時代に造成された深田池のハスも少なくなっていました。     神宮の本殿は京都御所の賢所を明治天皇から下賜されました。 
    境内の東北部にはイトクの森古墳があります。      戦没者の英霊を慰める慰霊塔や空母瑞鶴の碑があります。 

  畝傍山は標高199mで三山の中では一番高い元火山です。
  畝火山口神社社殿跡の石碑があります。
 「火がうねる」ような山容から命名されたという説もあります。
   遠くに後で行く耳成山が望めます。耳成山は標高140mで一番低いです。
  山容が「耳がない」滑らかなことから命名されたといわれています。
          畝傍山の北東麓に神武天皇陵があります。     畝傍山の真東にある本薬師寺のホテイアオイが満開
   時期を過ぎていましたがまだまだ見頃でした。 
  近鉄八木駅周辺で分散して昼食。「つくし」といううどん
 やで、おあげを三山に見立てた「大和三山うどん」をいただ
 きました。
            昼食後、耳成山に登りました。
 Top Page








             史跡探訪クラブ

                   「第4回 交野市 磐船神社・そのだ園地 他」

                                                   代表世話人 歴史ロマン 3期
                                           御勢 健二


                 第4回目は8月24日、5名で交野市に出かけました。
          今年の夏は猛暑が続き、参加者は少なかったですが、園地は木陰が多く
          比較的涼しかったです。

           JR河内磐船駅に10時に集合しタクシーで磐船神社へ。

 


  磐船神社の御神体は、背後の巨大な「天の磐船」です。  今回の目玉だった岩窟めぐりは神社のご都合で中止。ガーン!!
 残念。事前に問い合わせをしなかったミスで申し訳ありません。
 
  岩窟巡りのスタートからの階段です。
  岩に書かれた矢印を頼りに回りますが残念!
  西側のほしだ園地は緑がいっぱいで、木陰なので涼しいです。
  途中の八ッ橋は食べられません。(笑)
 
  大きいかえる石。 似てるかな?   展望スポットからは吊り橋の向こうに天王山、男山、
  京都市街地が遠望できます。
 
  280mの人道吊り橋の「星のブランコ」。揺らさないでね。   ピトンの小屋の前のクライミング・ウォール。高さ16.5mも
  あり三段にオーバーハングしています。
  片手だけで自分を支えるなんて、無理、無理。
 
  森林鉄道風歩道橋で、天野川に沿って歩きます。   京阪電車私市駅。なかなかお洒落な駅舎です。
 
  史跡が少なかったので、宮之阪駅で途中下車し、禁野車塚
  (きんやくるまづか)古墳へ。
  大阪府最古クラスの古墳で箸墓古墳と類似した前方後円墳
  です。
  後円部径は63m。史跡保護のため立ち入り禁止です。
 
  前方部は55mで、公園に整備されています。   銭湯の宮之阪温泉。440円でサッパリしました。

                今回は、残念ながら岩窟めぐりは出来ませんでしたので
          またの機会にぜひ行きましょう。
 
Top Page 





    史跡探訪クラブ

                       「第3回 福井市 継体天皇像、他」
 

                                                   
代表世話人 歴史ロマン 3期
                                                               御勢 健二

           第3回目は、7月27日、22名で青春18チケットを使って福井市に出かけました。
          今回も前夜までは雨が降っていましたが、当日は曇りから晴れという天気に回復し
          7月にしては比較的涼しくてラッキーでした。


 
   
          高槻駅8時04分発の新快速で、敦賀で乗り換えて10時47分福井に到着。


恐竜王国「福井」では恐竜がお出迎え。

福井駅は国体開催のためにリニューアル
新幹線ももうすぐ来るかな?

タクシーで足羽(あすわ)山まで移動。
秀吉が柴田勝家のキタノ庄城を攻める時の
拠点としましたが、眼下によく見えます。


山頂には継体天皇像が、郷里の三国を
見て建てられています。6m高の立派な
 像で足羽山の笏谷石が使われています。
   

継体天皇像をバックに記念撮影。
まだほとんど歩いていないので、元気です。

福井市自然史博物館を見学
世界一大きいサトウマツのマツボックリにびっくり。
   

足羽神社に参拝
継体天皇が主祭神です。

境内には樹齢約370年の枝垂れ桜が。
シーズンに来てみたいです。
   

西光寺の柴田勝家のお墓です。
お市の方と一子の勝景と合祀されて
いますが、ひっそりとしています。

北ノ庄城址。最近の発掘成果で
お堀他が復元されています。
   

柴田勝家の像でとても強そうです。

勝家像の近くには、お市の方と三姉妹の像。
   

昼食はソースかつ丼発祥のヨーロッパ軒と
越前蕎麦屋の見吉屋に分かれました。
1913年に早稲田鶴巻町で日本で初めて
ソースかつ丼を売り出し、関東大震災で
郷里の福井に戻って開店したようです。

名物のソースかつ丼セット。1080円
カツにはソース味がついていますが
足りない場合にソースが添えられています。
結構、濃い味付でした。
   

創業80年の見吉屋本店。
福井県産のそば粉を使って石臼で挽く
技術が素晴らしく、とても美味しかったと。
次回はこちらを食べようかな。

元越前福井城のお堀と石垣。
本丸址には県庁や議事堂があります。
   

福井市立郷土歴史博物館は立派です。
丁度、「大坂の陣と福井藩」展が
開催されていました。

「夏の陣屏風」には、福井藩の松平忠直と
真田幸村の合戦が描かれています。
   

隣接地に養浩館庭園があります。
池を中心に書院造の建物他が
あり、よく整備されています。
日本庭園としてはいつも上位です。

池の鯉は50円の餌で「全員集合」してくれました。
          福井15時45分発の電車で、19時11分に高槻に帰りました。 
 Top Page
   





             史跡探訪クラブ

                   「第2回 洛北 二福神、杜若、上賀茂神社」
 
                                                
代表世話人 歴史ロマン 3期
                                                             御勢 健二


                  
第2回は5月25日、20名で洛北に出かけました。
             夜半の雨が残ると嫌だと思いましたが、みなさんの日ごろの行いの良さで
             集合時間には雨は上がり、涼しくて良かったです。

             修学院道で集合し、北東の赤山禅院に向いました。

   赤山禅院は新緑でとても美しい。     拝殿の屋根の上には、鬼門除けの猿が置かれています。
 
    大きい珠数(正念誦)をまたいで先に進みます。     日本最古の都七福神の一つ、福禄寿を詣でます。
 
     当日は不動堂で大阿闍梨の御加持が。
   大阿闍梨は比叡山の千日回峰行を満行された生き仏様です。
    次に松ヶ崎の大黒さんと親しまれている妙円寺へ
 
   大黒様は60日毎の甲子大祭だけ、開帳されます。      普段は、社殿の前の「なで大黒」でご利益を。
 
     五山の送り火「妙法」の法の火床です。
    お昼は京都工繊大学の学食で。安くて美味しかったです。
   深泥池の中央部には大きな浮き島が。
  「深泥池生物群集」は国の天然記念物です。
 
 大田神社の杜若(かきつばた)は残念ながら殆ど終わっていました。    3週間前の下見では、まだ二分咲きでしたから見頃は短いです。
 
     下見時の杜若です。      魯山人の誕生地。幼いときは不遇だったようです。
 
  上賀茂神社社家の「西村家別邸」の庭園です。野村カエデ」が美しい。     昨年、式年遷宮の行われた上賀茂神社本殿前で記念撮影。
 
 Top Page






            史跡探訪クラブ

                  「第1回 丹波路 水分れ公園・黒井城」
                                 
代表世話人 歴史ロマン 3期
                                                                     御勢 健二

           2016年度の第1回は4月6日、16名で青春18チケットを利用して丹波路の
          水分れ公園と黒井城に出かけました。
           参加者の日ごろの行いが良いためか今回も好天に恵まれ、桜も満開でした。
           福知山線の無人駅 石生駅から南東へ10分ほどで水分れ公園に着きました。

 
道路一本隔てて、水が日本海と瀬戸内海に分かれるって不思議です さくらも満開の水分れ公園 ここで早めの昼食をとりました
 
                       右側は日本海へ、左側は瀬戸内海へ
 
一駅先の黒井駅前には春日局像と黒井城の石垣が 黒井城址のある城山 竹田城よりも標高が2m高い  登れるかな?
 
黒井川の桜堤  両岸から桜が伸びてトンネルに 美しい桜堤をバックに
 
黒井城の下館だった興禅寺 お福(後の春日局)の産湯井戸や腰
かけ岩があります
キツイ登りが終わるとパット視界が開け黒井川の桜堤も眼下に
見えます
 
黒井城(保月城)址は、360度の眺望が楽しめ登った甲斐がありました 早くも山つつじが咲き始めていました
 
            帰路の電車も座れて予定通り大阪へ帰りました。
       その後、有志で大阪駅のガード下で乾杯!!
       お疲れ様でした。
 
【2015年度分 活動記録】 
 Top Page